キャリアコンサルティングの面談が終わったあと、「よい面談だった」と感じることがあります。相談者の中で整理が進み、状況が理解され、前向きな言葉で面談が終わる。キャリアコンサルタントとして、手応えを感じる瞬間です。
相談者が納得し、表情が柔らぎ、「話してよかった」と言って帰っていく。そのような場面は、支援者にとっても嬉しいものです。
しかし、そんな「うまくいった面談」の中にも、見過ごされているものがあるかもしれません。今回ご紹介するケースは、まさにそのような面談でした。一見すると成功した対話の中に、もう一つの可能性が潜んでいたケースです。
違和感として語られた体験
転職後の違和感
相談者は、転職して2か月ほどの方でした。新しい職場にまだ慣れず、毎日少し緊張しながら過ごしていると話します。
面談の冒頭で語られた言葉は、とても控えめなものでした。
「皆さん優しいんですけど……」
「年齢が近い人がいなくて……」
「何をどこまで求められているのか分からなくて……」
強い不満や怒りを表す言葉ではありません。しかし、どこか落ち着かない様子が感じられます。相談者自身も、何に違和感を覚えているのか、まだはっきりとは言葉にできていない様子でした。
対話を進めていくと、少しずつ状況が見えてきます。入社して間もなく、前任者が退職したこと。引き継ぎが十分ではなかったこと。上司に相談しても答えがかみ合わないこと。一つひとつは大きな問題ではありません。しかし、小さな違和感が積み重なっている様子が伝わってきます。
相談者は、こう言いました。
「このモヤモヤは、自分の気にしすぎなのかもしれない」
この言葉には、違和感を感じながらも、それを正当化できない戸惑いがにじんでいます。職場の人は優しい。だからこそ、自分の感じている違和感を表現しにくくなっているのです。
積み重なっていた小さな不安
さらに話を進めると、相談者の体験がより具体的になっていきます。前任者が入社1週間後に退職したこと。引き継ぎは4割程度だったこと。業務の資料も整っていなかったこと。
「これで合っているのだろうか」
そんな不安を抱えながら、相談者は仕事を進めていました。分からないことがあり、上司に相談します。しかし、返ってくる答えは少しずれています。
「聞き方が悪かったのだろうか」
相談者は、相手を責めるのではなく、自分の側を修正しようとします。責任感が強く、周囲との関係を大切にしながら、なんとか適応しようとしている姿が見えてきます。しかし、その努力が続くほど、相談者の中には言葉にならない疲れが少しずつ蓄積されていきます。
見立てが提示された瞬間
対話が進む中で、キャリアコンサルタントは一つの見立てを提示します。
「会社のペースと、ご自身の仕事のスピード感が少し合っていないのかもしれませんね」
その瞬間、相談者は少し間を置いてこう言いました。
「……それです。言われて、すごくしっくりきました」
それまで点在していた出来事が、一本の線でつながった瞬間でした。相談者の表情が柔らぎます。
「そう考えると、今は慣れる時期なのかもしれないですね」
相談者は、自分なりの意味づけを始めます。面談は前向きな雰囲気で終わりました。一見すると、とても良い面談です。相談者は整理され、納得し、前向きになっています。キャリアコンサルタントとしても、手応えを感じやすい場面です。
問題が整理されたときに起きること
その言葉の手前にあったもの
しかし、ここで少し立ち止まってみたいと思います。「会社のペースが合わない」という言葉が出るまで、相談者はどのような体験を語っていたでしょうか。
役割が分からない不安
一人で抱えている感覚
分かってもらえないかもしれない戸惑い
これらの感情は確かに存在していました。しかし、見立てが提示され、問題が整理されたことで、それらの感情は静かに後景へ退いていきます。相談者自身も、それらの感情を十分に言葉にしたわけではありません。問題が整理されたことで、感情が扱われないまま終わることもあるのです。
問題解決が早すぎるとき
キャリアコンサルティングでは、問題の整理が進むことは大切です。相談者の理解が進み、見通しが立つことは支援の重要な成果です。
しかし、問題解決が早すぎるとき、見落とされるものがあるかもしれません。相談者の感情、相談者の体験、相談者の意味づけのプロセス。これらが十分に扱われないまま、面談が進んでしまうことがあります。
それは決して失敗ではありません。しかし、別の可能性があったとも言えます。もし、あの場面で、もう少し感情に留まっていたらどうだったでしょうか。
「その時、どんな気持ちでしたか」
「一人で抱えていた感じだったんですね」
「それはしんどかったですね」
そんな問いかけを重ねていたら、相談者の体験は、もう少し深く語られていたかもしれません。
理解と実感のあいだ
理解と実感は違う
キャリアコンサルティングにおいて、理解が進むことは重要です。しかし、理解と実感は同じではありません。頭で理解することと、体験として実感することは、異なるプロセスです。
感情に触れたとき、体験を思い出したとき、身体感覚が伴ったとき。そのようなプロセスの中で、意味はより深く実感されることがあります。問題が整理されることと、意味が実感されることは、必ずしも同じではないのです。
言葉になる前の時間に留まる
キャリアコンサルタントの専門性とは、見立てを提示することだけではありません。言葉になる前の時間に、共に留まることもまた専門性の一つです。
違和感がまだ曖昧なとき
感情がまだ言葉にならないとき
相談者自身も整理できていないとき
その時間を急がずに扱うこと。それは効率的ではないかもしれません。成果が見えにくいかもしれません。しかし、その時間こそが、相談者の体験に寄り添うキャリアコンサルティングの本質なのかもしれません。
「よい面談」を見直す視点
「よい面談」のもう一つの見方
今回のケースは、決して問題のある面談ではありません。むしろ、十分に良い面談だったと言えるでしょう。しかし、良い面談であるからこそ、もう一つの可能性にも目を向けたいのです。
キャリアコンサルティングの質は、失敗からだけでなく、成功からも学ぶことができます。「うまくいった面談」の中にある見えにくい選択肢に気づくこと。それもまた、キャリアコンサルタントの成長につながるのではないでしょうか。
もちろん、感情を丁寧に扱ったとしても、結論が変わらないこともあります。また、形式的に「その時のお気持ちは」と問い続けることが、必ずしも意味のある対話になるとは限りません。
感情を扱うことが目的ではなく、相談者の体験の意味を理解するための一つの選択肢として位置づけることが大切です。問題の整理を進めることも、感情に留まることも、いずれも支援の選択肢です。重要なのは、その場面に応じて、どのような関わりを選ぶのかを意識していることなのかもしれません。
結びの問い
あなたが「よい面談だった」と感じたその瞬間、問題は整理されていたかもしれません。しかし、相談者の感情は、十分に語られていたでしょうか。
その問いは、次の面談でほんの一拍、立ち止まるきっかけになるかもしれません。
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