「できるという信念」を育てる ― バンデューラの自己効力とキャリア支援 ―

行動を生み出すもの

アルバート・バンデューラは著書『激動社会における個人と集団の効力の発揮』の序文において、人間の行動の根底にある重要な前提を示しています。
バンデューラによれば、人は単に環境に反応して生きている存在ではありません。
自ら行動し、その行動によって周囲の出来事や将来に影響を与えようとする存在です。
そして、自分の行動によって望ましい結果を生み出したり、望ましくない結果を避けたりできると予測できるとき、人は未来に向かって行動を起こします。

一方で、「自分が何をしても変わらない」と感じたときには、不安や無気力、失望が生じやすくなります。
キャリア支援の現場で言えば、「どうせやっても無理だと思う」「自分には影響を与えられないと思う」という状態に近いかもしれません。

逆に、「自分の行動で何かが変わるかもしれない」「やってみれば前に進めるかもしれない」と思えたとき、人は行動を起こしやすくなります。

私はこの序文を読みながら、人が行動する背景には、「自分にはできそうだ」という感覚が大きく関わっていることを改めて考えさせられました。

自己効力とは何か

バンデューラは自己効力を次のように定義しています。

「ある行動をうまく遂行できるという信念」

ここで重要なのは、「能力そのもの」ではなく、「自分にはできると思えるかどうか」です。
同じ能力を持っていても、「自分にはできそうだ」と思える人と、「自分には無理だ」と思う人では、挑戦するかどうかも、努力の量も、困難に直面したときの粘り強さも変わってきます。

バンデューラは、人の行動を左右するのは能力そのものではなく、「できるという信念」であると考えました。

そして序文では、人は自らの行動によって結果に影響を与えられると感じられるときに行動を起こしやすくなることを示しています。

自己効力とは、単なる楽観主義でも自信でもありません。
「自分はこの行動をやり遂げることができそうだ」という見通しであり、それが人の行動を支える重要な心理的基盤なのです。

自己効力をどう支援に活かすか

キャリア相談の現場では、「できない」「無理だと思う」という言葉が頻繁に語られます。
しかし、自己効力の視点から見ると、それは単なる能力不足の表明とは限りません。

たとえば、「管理職に抜擢されたけど、自分にはできない、無理だと思う」という相談があったとします。
そのとき支援者は、「何がその人を『できない』と思わせているのか」という理由や背景を丁寧に確認していくことが大切です。

なぜなら、必要な知識や経験が不足していると感じているのか、
それとも、知識や経験はあったとしても、「自分がやってうまくいくイメージが持てない」のかでは、支援の方向が変わるからです。

前者であれば、これまでの経験や強みを振り返りながら、できていることや発揮されている力に目を向けるとともに、必要な知識や経験をどのように補っていくかを整理していく支援が有効でしょう。

一方、後者であれば、すぐに解決策を探すことが支援の中心になるわけではありません。
むしろ、
「これまでに似た経験はなかったでしょうか」
「そのとき、どのように乗り越えてきたでしょうか」
「すでに持っている力は何でしょうか」
といった対話を通じて、「自分にもできそうだ」という感覚を育てていくことが重要になります。

自己効力を支援するとは、問題の解決策を提示することではなく、
「自分ならやれそうだ」
という見通しが生まれる土台を共に築いていくことなのです。

キャリアコンサルティングの三つの支援

私はキャリア支援を大きく三つの方向性で捉えています。

① 意味づけを支援する
出来事や経験にどのような意味があるのかを整理する支援です。

② 方向性を支援する
何を大切にし、どこに向かうのかを明らかにする支援です。

③ 行動への見通しを支援する
自分ならできそうだという感覚を育て、行動につながる見通しをつくる支援です。

このうち、バンデューラの自己効力の理論が特に示唆を与えてくれるのは、
③ 行動への見通しを支援する、の場面です。

人は、正しい答えが見つかったから動くのではありません。
「自分にもできそうだ」という感覚が育ったときに、初めて一歩を踏み出します。

だからキャリアコンサルタントやコーチは、解決策を提示する人ではなく、「自分ならやれそうだ」という感覚を育てる存在でもあるのです。

【実践】「できるかもしれない」を引き出す対話

この視点は、キャリアコンサルティングやコーチングだけでなく、職場での対話や1on1にも応用できます。

部下や後輩が、「難しいと思います」「自分には無理です」と語るとき、上司や先輩が能力評価や説得に入ってしまうと、対話は停滞しやすくなります。

むしろ有効なのは、次のような関わりです。

・これまでに似た経験はありませんでしたか
・そのとき、どのように乗り越えましたか
・今ある力の中で活かせそうなものは何ですか

こうした問いは、「自分にもできるかもしれない」という感覚を呼び起こします。

自己効力を育てる対話とは、相手を励ますことでも、根拠なく自信を持たせることでもありません。
相手の経験や強みに光を当てながら、「自分ならやれそうだ」という見通しを育てていくことなのです。

【問い】
あなたは、相談者や部下が「できない」と語ったとき、すぐに解決策を探そうとしていないでしょうか。
その人の中にある「自分ならできそうだ」という感覚を育てるために、どのような問いを投げかけているでしょうか。

出典

アルバート・バンデューラ
『激動社会における個人と集団の効力の発揮』(原題:Self-Efficacy in Changing Societies)

※アルバート・バンデューラ(Albert Bandura,1925–2021)
カナダ出身の心理学者。社会的学習理論および自己効力理論の提唱者として知られ、認知・行動・環境の相互作用を重視する「社会的認知理論」を発展させた。教育、医療、スポーツ、組織開発、キャリア支援など幅広い分野に大きな影響を与えている。

 

この記事を書いた人

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西口満

人はいかに成長するのか。
この問いを出発点に、キャリアコンサルティング、コーチング、人材育成の実践に取り組んでいます。

このブログでは、キャリアを中心とした人の成長に関わる探究と、成長を支える支援のあり方について発信しています。
これからも情報を発信し続けます。

キャリア開発・人材育成コンサルタント
オフィス気づきと学び 代表

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