「やりたくない」と「できる気がしない」 — 自己効力感と有能感から考えるキャリア支援 —

「プロジェクトリーダーをやってほしい」と言われたとき

キャリアコンサルティングの現場では、昇進や異動だけでなく、「新しい役割を任されること」への戸惑いがしばしば語られます。

ある相談者はこう語りました。
「上司から、新規案件のプロジェクトリーダーを任されそうなんです。でも、正直気が重いんです」

さらに話を聴くと、こう続きました。
「自分には荷が重い気がします」

そして少し間を置いて、
「そもそも、あまりやりたいとも思えなくて……」

この言葉は、キャリアコンサルタントにとって非常に重要です。
なぜなら、ここには二つの異なる課題が重なっている可能性があるからです。

ひとつは、「やりたいけれど、自分にできる気がしない」という不安。
もうひとつは、「できるかもしれないが、そもそもやりたくない」という違和感です。

この二つは、表面上はどちらも「次の一歩を踏み出せない」状態に見えます。
しかし、背景にあるものはまったく異なります。
前者なら必要なのは、自信を回復する支援です。
後者なら必要なのは、本人の価値観や納得感を扱う支援です。

もしここを見誤れば、「あなたなら大丈夫」という励ましがプレッシャーになり、
「まずやってみよう」という助言が、本人の違和感を押し込めることになります。

では、私たちは何を手がかりに見立てればよいのでしょうか。

その背景理論として役立つのが、
バンデューラ(Albert Bandura)の自己効力感と、
デシとライアン(Edward L. Deci, Richard Ryan)の自己決定理論です。

今回は、この二つの理論を手がかりに、
「やりたくない」と「できる気がしない」をどう見立て、どう支援するかを考えてみたいと思います。

「できる気がしない」― バンデューラの自己効力感から考える

ある30代後半の技術職の相談者がいました。
これまで専門職として着実に成果を上げ、周囲からの信頼も厚い方でした。
ある日、上司から新規システム導入プロジェクトのリーダーを打診されました。
本人はこう言いました。
「ありがたい話だとは思っています。挑戦した方がいいとも頭では分かっています」

しかし、その後に続いた言葉はこうでした。
「でも、自分に人をまとめる力があるとは思えないんです」
「技術のことなら話せますが、関係部署との調整とか、会議の進行とか、自信がありません」

この相談者は、リーダーという役割そのものを否定しているわけではありません。
むしろ、「やってみたい気持ちはある」のです。
それでも、次の一歩を踏み出せない。
ここで課題になっているのは、「やりたいか」ではなく、「できると思えているか」です。

これが、バンデューラのいう自己効力感です。

自己効力感とは何か

自己効力感とは、「自分はこの課題をうまく遂行できる」という信念です。

ここで重要なのは、これは単なる性格的な自信や楽観ではないということです。

自己効力感は、
「私は優秀な人間だ」という全般的な自己評価ではなく、
「この場面で、この行動を、自分はやり切れる」という、具体的な課題に対する見通しです。

たとえば、
・部下との1on1をうまく進められるか
・新しい部署で成果を出せるか
・転職活動を最後までやり切れるか
こうした場面ごとの認知です。

プロジェクトリーダーでいえば、
・メンバーをまとめられるか
・関係者との調整を進められるか
・責任を持って完遂できるか
という具体的な遂行イメージです。

バンデューラは、人が行動するかどうかは、能力そのもの以上に、
「自分はできると思えているか」に大きく左右されると考えました。

能力があっても、自己効力感が低ければ、人は挑戦を避けます。
逆に、自己効力感が高い人は、困難な課題にも挑戦しやすく、失敗しても粘り強く取り組みます。
つまり、キャリア支援において重要なのは、能力の有無だけではなく、その人が自分をどう見ているかなのです。

自己効力感をつくる4つの源泉

バンデューラは、自己効力感は主に四つの要素から形成されると述べました。

① 成功体験(Mastery Experience)
最も強い影響を持つのが、実際に「できた」という経験です。
小さくても成功体験は、「自分にもできる」という確かな根拠になります。

たとえば、
・後輩指導がうまくいった
・小規模な案件で進行役を担えた
・部署横断の調整をやり切った
こうした経験が、次の挑戦への土台になります。

② 代理経験(Vicarious Experience)

自分と似た立場の人が成功しているのを見ることです。
「同じような人ができたなら、自分にもできるかもしれない」という感覚が生まれます。

たとえば、
・同世代の同僚がリーダーを担っている
・同じ専門職出身の先輩が管理をこなしている
といった事例です。

③ 言語的説得(Verbal Persuasion)

他者からの励ましや承認です。
ただし、
「あなたなら大丈夫」という空虚な励ましではなく、
「こういう場面で、あなたはすでに力を発揮していた」
という具体的なフィードバックが重要です。

④ 生理的・感情的状態

強い不安や緊張は、「やはり自分には無理かもしれない」という認知につながります。
逆に、安心感や落ち着きは、挑戦への見通しを支えます。

キャリアコンサルティングでは、不安そのものを否定するのではなく、その不安が何を意味しているのかを整理することが必要です。

支援のポイント

このケースで必要なのは、「大丈夫ですよ」という抽象的な励ましではありません。
たとえば、
・これまで後輩指導でうまくいった経験
・部署横断で調整役を担った場面
・周囲がその人に期待している具体的理由
を一緒に振り返ることです。

さらに、
「まずは小規模な進行役を経験する」
「補佐役をつけてもらう相談をする」
など、小さな成功可能性を設計することも有効です。

自己効力感は、根拠のある“できそう”から育っていきます。

キャリアコンサルタントの役割は、相談者の中にある「できる理由」を一緒に見つけることなのです。

「やりたくない」― 自己決定理論から考える

別の相談者は、同じようにプロジェクトリーダーを打診されながら、まったく違う反応を示しました。
40代前半の営業職の方です。
本人は社内でも実績があり、上司も周囲も「次はあなたしかいない」と言っていました。

しかし、本人はこう言いました。
「できるとは思います。でも、正直やりたくないんです」

理由を尋ねると、
「調整や管理ばかりになって、お客様と直接向き合う時間が減る」
「自分は、人を動かすより、自分で現場を走っている方が好きなんです」
という言葉が返ってきました。

ここでは、自己効力感の問題ではありません。
本人は「できる」と分かっているのです。
問題は、「それを自分の選択として引き受けたいか」です。

ここで重要になるのが、自己決定理論です。
デシとライアンは、人が自律的に動くためには、三つの基本的心理欲求が満たされる必要があるとしました。

・自律性(自分で選んでいる感覚)
・有能感(自分が価値を発揮できている感覚)
・関係性(人とのつながりを感じられること)

このケースでは、特に自律性と有能感が揺らいでいます。
「期待されているからやる」ではなく、「自分が納得して選べるか」が重要です。

また、有能感も、「役割をこなせるか」ではなく、
「この役割の中で、自分らしく価値を発揮できるか」という問いになります。

支援の中心は、説得ではなく、価値観の探索です。
・仕事の中で何にやりがいを感じるのか
・なぜ現場にこだわるのか
・引き受けるなら、どんな条件なら納得できるか
こうした問いを通じて、「やる・やらない」以前に、「自分は何を大切にしたいのか」を明らかにしていきます。

現実の支援では、両方が絡んでいる

実際のキャリアコンサルティングでは、
「やりたくない」と「できる気がしない」は、きれいに分かれて現れることは少ないです。
むしろ、多くの場合は両方が絡んでいます。

たとえば、「失敗するのが怖いから、やりたくない」というケース。
あるいは、「本当はやってみたいが、自信がないので、やりたくないと言っている」
というようなケースです。

ここが、現場で最も悩ましいところです。
だからこそ、どちらかを早く決めつけるのではなく、丁寧に往復することが必要です。

まずは、「できないのか」を聴く。
次に、「やりたくないのか」を聴く。

さらに、
「もし不安がなかったら、やってみたいと思うか」という問いを投げてみる。

不安が外れたときに前向きな気持ちが出るなら、自己効力感の課題が大きい。
それでも違和感が残るなら、自己決定の課題が深い。

キャリアコンサルティングは、答えを与える仕事ではなく、その人自身が納得できる選択にたどり着くための対話です。

相談者が前に踏み出せないとき、私たちは何を見ているのか。
それは、「能力の問題」なのか、それとも「意味の問題」なのか。
そして、その二つがどのように絡み合っているのか。

表面的な言葉だけを急いで受け取ると、支援はすぐに助言や励ましへ向かってしまいます。
しかし、相談者が踏み出せない背景には、能力への不安だけでなく、価値観の揺らぎや納得感の不足が隠れていることがあります。

だからこそ、キャリアコンサルタントには、相談者の言葉の奥にあるものを丁寧に見立てる姿勢が求められます。

参考文献

アルバート・バンデューラ編
『激動社会の中の自己効力(セルフ・エフィカシー)』金子書房

この記事を書いた人

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西口満

人はいかに成長するのか。
この問いを出発点に、キャリアコンサルティング、コーチング、人材育成の実践に取り組んでいます。

このブログでは、キャリアを中心とした人の成長に関わる探究と、成長を支える支援のあり方について発信しています。
これからも情報を発信し続けます。

キャリア開発・人材育成コンサルタント
オフィス気づきと学び 代表

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