プレイヤーとしては優秀だったのに…?
ある企業で、営業成績トップだったAさんが課長に昇進しました。ところが半年後、「部下とうまくいかない」「チームの雰囲気が悪化している」との声が出はじめます。
上司からの評価も下がり、Aさんは自信を失いかけていました。
このような話は決して珍しくありません。
マネジメントの役割は「自分が成果を出すこと」から「チームで成果を出すこと」へとシフトします。しかし、そのためにどんな力を育てるべきかを整理して学んだ人は案外少ないのです。
その指針となるのが、ロバート・カッツが提唱した「3つのスキルモデル」です。
マネジメントを支える3つのスキル
カッツは、マネージャーに必要なスキルを次の3つに分類しました。
- テクニカルスキル(業務遂行能力)
業務に関する知識や手順、技術など、仕事そのものを回す力です。
例:営業資料の作成、業務フローの改善、業績の見える化など。 - ヒューマンスキル(対人関係能力)
他者との関係性を築き、チームとして動く力。信頼関係を土台にしたマネジメント力です。
例:部下との1on1、他部門との連携、チーム運営における対話力。 - コンセプチュアルスキル(概念化能力)
複雑な状況を整理し、本質を見抜いて意思決定を行う力。将来を見据えた方針や戦略を考える力です。
例:部門横断的な問題解決、構造的な課題分析、ビジョン形成など。
この3つのスキルは、マネジメントの階層が上がるほど、求められるバランスが変わります。
とりわけ、現代のマネージャーにはコンセプチュアルスキルの重要性が一段と増していることが指摘されています。
対話スキルが、マネージャーの力を底上げする
まず、マネジメントにおいて基盤となるのが、コミュニケーションスキル(対話の力)です。
「伝える」「聞く」といった日常的な対話が、マネジメントのすべての力を支える土台になります。
対話スキルが3つのスキルにどう関わっているかを見てみましょう:
- テクニカルスキルとの関係
・部下に業務を教えるときに、手順や考え方を分かりやすく説明する
・理解度を確認しながら言葉を選ぶなど、「伝える力」が対話で磨かれる - ヒューマンスキルとの関係
・傾聴・共感・フィードバックを通じて、信頼関係を構築
・1on1で部下が本音を話せる関係を築くには、日々の対話の質が鍵となる - コンセプチュアルスキルとの関係
・部下との対話の中で、「この問題の背景には何があるか?」と共に考える
・複雑な出来事を整理し、本質をつかむ力を、対話を通じて養っていく
・問いを立て、物事に意味づけし、全体像を描く力は、対話から生まれる日本の人事部 マネジメント・管理者に求められる能力
また、部下との対話を通じてマネージャー自身が「自分はどう関わるべきか」「何を見落としていたのか」と振り返る機会も生まれます。
その中で、自身の思考のクセや判断の偏りに気づき、視野を広げることができるのです。
このように、対話は単なる伝達手段ではなく、マネジメント能力を鍛える“道具”そのものと言えます。
対話から育まれる「考える力」と「導く力」
マネージャーは、現場のスペシャリストとは異なる役割を担っています。
プレイヤーとしての力で成果を出してきた人が、マネージャーになると壁にぶつかるのは、求められる力の質が変わるからです。
マネージャーとして成果を出すためには、次の3つのスキルが必要です:
- テクニカルスキル(仕事を理解し、教える力)
- ヒューマンスキル(信頼関係を築く力)
- コンセプチュアルスキル(全体を見て本質をつかむ力)
これらのスキルは、どれか一つではなく、バランスよく備えていることが理想です。
しかし、その中でも、変化の激しい今の時代において特に重要になっているのが、コンセプチュアルスキルです。
正解のない課題に向き合い、組織の全体像を把握しながら意思決定を行うには、「何を目的にして、どこに向かうのか」を考え続ける力が欠かせません。
そしてその力は、誰かに教えられるものではなく、対話を通じた内省の中で育まれるものです。
部下との1on1や、チームメンバーとの対話、あるいは日々のふりかえりの中で、マネージャー自身が「自分はどう関わるべきか」「本当に大切なことは何か」と自らに問いを立てる。
そうした思考と対話の積み重ねが、マネジメントの本質的な力を育てていくのです。
カッツのスキルモデルは、こうした力を整理し、成長の道筋を明確にするための実践的な枠組みです。
今の自分に何が足りないか、どこを伸ばすべきかを考えるヒントとして、大いに活用できるでしょう。
あなたは今、自身のマネジメントスキルの中で、どの領域を最も伸ばすべきだと感じていますか?
そして、そのスキルを「どうやって鍛えるか」、明確な行動に落とし込めているでしょうか。
※本記事は、Robert L. Katz(1955)の「3つのスキルモデル」に基づいています。但し、対話スキルやコーチング手法に関する記述は、実務視点からの応用を含みます。