なぜ「やる気」は誤解されやすいのか
「やる気が出ない」「もっとモチベーションを高めたい」――職場の1on1面談やキャリア相談の場で、こうした声はしばしば聞かれます。多くの人は、モチベーションを「心の奥にある燃料」のようなものと考えます。自分の中にエネルギーがあって、それが減れば行動できない、と。
しかし、心理学の研究では、モチベーションは単なる「やる気の量」では説明できません。代表的なのが、エドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した自己決定理論(Self-Determination Theory: SDT)です。
この理論によれば、人間が本来的に持つ以下の3つの欲求が満たされるとき、モチベーションは健全に維持され、成長へとつながります。
- 自律性(Autonomy):自分で選んでいるという感覚
- 有能感(Competence):自分にできる、成長できているという感覚
- 関係性(Relatedness):他者とのつながりや承認の感覚
つまりモチベーションは、「心の奥に蓄えられているもの」ではなく、「環境との関係の中で育まれるもの」だというのです。
「内にある燃料」と「関係の場で意味が見えてくる力」
多くの人は「モチベーション=内側から湧き出すやる気」と理解しています。
しかし、現象学の視点では少し違います。
モチベーションは「私の中にあらかじめ存在するエネルギー」ではなく、「私と世界との関わりの中で意味が見えてくる体験」だと考えるのです。たとえば、仕事で「この企画は挑戦しがいがある」と感じるとき、それは心の奥から自然に力が湧いたのではなく、その企画が「挑戦するに値するもの」として意味を持って見えてきたからです。花を見て「きれいだ」と感じるときも同じです。心の中から「美しさのエネルギー」が放出されたわけではなく、花が「美しいもの」として意味を帯びて見えてきたから心が動いたのです。
(※現象学では、この経験を「立ち現れる」と表現します。ここでは分かりやすさのために「意味が見えてくる」と言い換えています。)
職場の1on1に見る「関係の場」の力
では、具体的に「関係の場」でモチベーションがどう見えてくるのかを考えてみましょう。
職場で広く導入されている1on1面談は、まさにその実例です。
事例:1on1での会話
ある若手社員が「最近どうも仕事に身が入らない」と上司に打ち明けました。上司は「頑張れ」「もっと集中しろ」と励ますのではなく、次のような問いを投げかけました。
- 「この仕事の進め方について、自分で工夫できる余地はどこにあると思う?」(=自律性)
- 「このプロジェクトを通して、どんな成長ができそうだと思う?」(=有能感)
- 「このプロジェクトを通じて、誰とどんな関係を築きたい?」(=関係性)
こうした対話を通して、若手社員は「やらされ感」ではなく、自分の選択として仕事に向き合える感覚を取り戻しました。さらに「この仕事を通じて成長できそうだ」という展望を描けたことで自信が芽生え、同僚との協力関係に意味を見いだせるようになりました。
このときモチベーションは「上司が注入した」ものではなく、1on1という関係の場の中で自然に意味が見えてきたものだったのです。
支援とは「関係性を共に整える」こと
もしモチベーションを「内にある燃料」とだけ考えるなら、上司やコンサルタントの役割は「励ます」「やる気を注ぐ」といったアプローチに偏ってしまいます。しかし、SDTと現象学を重ねて考えると、支援の本質は次のように整理できます。
- 自律性:本人が「選べる」と感じられる状況をつくる
- 有能感:未来に向けた成長の可能性を描き、それを実感できる場を設ける
- 関係性:行動が他者とのつながりや承認につながるようにする
つまり支援とは「相手の内側を操作すること」ではなく、関係性が健全に育まれる場を共に整えることなのです。
キャリア支援における「共に整える姿勢」
キャリアコンサルタントや上司が意識すべきなのは、「環境を与える」ことではなく「共に環境を整える」という姿勢です。
具体的には、次のような問いかけが有効です。
- 「この状況の中で、あなたにとって選択肢があるとしたら?」
- 「このプロジェクトを通じて、どんな成長ができそうですか?」
- 「この経験を通じて、誰とどんな関係を築きたい?」
こうした対話は、クライアントや部下の「自律性・有能感・関係性」を引き出し、モチベーションが意味を持って見えてくる瞬間を生み出します。
現象学的アプローチと自己決定理論は、キャリア支援の実践において「やる気を注入する」発想を超え、共に整える関係性という深い示唆を与えてくれます。
【問いかけ:あなたへの振り返り】
- 最近「やる気が出ない」と感じた場面は何でしたか?
- そのとき欠けていたのは、自律性・有能感・関係性のどれだったでしょうか?
- もし誰かが支援してくれるとしたら、どんな「環境の整え方」が役立ったでしょうか?
- その瞬間、あなたにとって世界はどのように意味を持って見えてきたでしょうか?
モチベーションは「内から絞り出す燃料」ではなく、「関係の場で意味が見えてくる力」。
この視点を持つと、1on1面談もキャリア支援も、人材育成も一歩深く進化させることができます。
【関連ブログ】
・「モチベーションが上がらない」の本当の理由 〜現象学から見えてくること〜
参考文献(一般書)
- エドワード・L・デシ、リチャード・M・ライアン著 『人を伸ばす力―自己決定理論の実践』 新曜社, 2012年
- ダニエル・ピンク著 『モチベーション3.0 持続する「やる気」をいかに引き出すか』 講談社, 2010年
- 谷徹著 『現象学とは何か』 講談社現代新書, 2005年